第12期 4回目授業オープンスクール・のと熱中授業 11回目授業

『石巻発、寄付車でつくるやさしい未来〜神戸元気村から受け取ったバトンを胸に、東日本大震災、丸森、能登での災害を駆け抜けて〜』
『未来を自分色に…ライフスタイルを創造する熱中小学校とは?』
1月17日の授業はオープンスクールとして、そして、「のと熱中授業」とのクロッシング開催として実施しました。

「のと熱中授業」とは――
能登半島地震からまもなく2年を迎えますが、現地では今も復旧・復興に向けた取り組みが続いています。一方で、全国的には報道が減り、関心が薄れつつある中、「能登のことを忘れないでほしい」という声が現地から届いています。
熱中学園では、こうした声に応える形で、能登の文化・生活・産業などをテーマにした「のと熱中授業」を、2025年4月から1年間にわたり実施しています。

▼のと熱中授業の詳細はこちら
https://www.korobocl.com/keen_class/
丸森復興分校は、2019年の台風災害からの復興に寄与することを目的の一つとして、2020年に開校しました(災害被災地での開校第1号)。
同じ“被災地”として分かち合えるもの、そして相互の学びを通じて、それぞれの地域の復興・振興につなげていきたい――。そんな思いから、今期は「のと熱中授業」とのクロッシング授業を全3回実施します。

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1月17日は、阪神淡路大震災の発災日です。
今回の授業は奇しくも災害支援に関する内容で、講師の先生のご師匠さんも阪神淡路大震災でご活躍されていたという縁もあり、授業の冒頭は黙祷を捧げました。

ホームルームでは、校歌斉唱ののち、安部校長の挨拶、そして今回はオープンスクールということもあり、丸森町の保科郷雄町長にもご臨席いただき、来賓を代表してご挨拶をいただきました。
また、今回が初めての熱中小参加という方もいたので、丸森復興分校についても事務局より説明させていただきました。

1時間目の講師は、一般社団法人日本カーシェアリング協会代表理事の吉澤武彦先生です。
吉澤先生は、東日本大震災をきっかけに車を活用した災害支援の仕組みを立ち上げ、その後も全国各地の災害現場で支援を続けてこられました。丸森町でも、2019年の台風19号災害の際に車の無償貸し出し支援を行ってくださった、深いご縁のある方です。

授業の冒頭では、石巻で津波によって多くの車が流される映像を見ながら、災害時に「車を失うこと」がどれほど深刻な問題であるかが語られました。地方では、車は単なる移動手段ではなく、仕事や買い物、通院など暮らしを支える“生活インフラ”です。だからこそ、被災後の生活再建には住宅支援だけでなく「車の支援」も欠かせないことが、強く伝わってきました。

吉澤先生の活動の原点にあるのは、阪神・淡路大震災の際に活躍した神戸元気村・山田“バウ”さんの存在でした。吉澤先生ご自身は阪神・淡路の被災当事者ではありませんが、東日本大震災後に現地で支援活動をするなかで、バウさんから「仮設住宅でカーシェアリングをやったらどうか」と提案を受けます。そこから、当時はまだ一般的ではなかったカーシェアリングの仕組みを、被災地支援の形として一から立ち上げていくことになりました。

その中で吉澤先生が何度も語られたのが、バウさんから受け取った「動け」という言葉でした。
「一人になれ」「馬に乗ってから考えろ」「雛形を作れ」――。
考えすぎる前にまず動き、自分で判断し、前例のない支援の形をつくっていく。その姿勢が、今の活動の土台になっていることがよく分かりました。

現在、日本カーシェアリング協会では、寄付車を活用した3つの事業を展開しています。
地域で車を共同利用するコミュニティ・カーシェアリング、生活困窮者や地域おこし協力隊などを支えるソーシャルカーサポート、そして災害時に被災者や支援団体へ車を無償で貸し出すモビリティ・レジリエンスです。
寄付された車を、支え合いの仕組みに変えていく発想そのものが、とても印象的でした。

丸森での支援についても紹介がありました。
2019年の台風19号災害では、65台を現地に運び込み、のべ103台を貸し出したとのことです。
さらに能登半島地震では、7拠点を設置し、527台を現地に運び、2年間でのべ6,229台を貸し出したと報告され、その規模の大きさに驚かされました。

また、この支援は協会だけで成り立っているのではなく、寄付してくださる方、整備や登録に協力する事業者、自治体、現地団体、そして車を運ぶ「架け橋ドライバー」など、多くの人の力で支えられていることも語られました。特に、丸森や高岡の熱中小学校の仲間たちが能登支援で大きな役割を果たしたことは、熱中小学校のネットワークの力を感じる場面でした。

後半には、実際に架け橋ドライバーとして活動した皆さんの声も紹介されました。
「丸森で助けてもらったから、今度は自分が動きたかった」
「車を届けることが、誰かの生活再建の第一歩になると実感した」
そんな言葉からは、支援が一方通行ではなく、被災地同士の思いの循環でもあることが伝わってきました。

吉澤先生は最後に、東日本大震災規模の災害が再び起きても対応できる仕組みをつくりたいと語られました。日本では1年間に約1,000万台の車が手放されており、そのうちわずか0.1%でも「寄付する」という選択肢が広がれば、大きな支援の力になるそうです。

今回の授業を通して強く感じたのは、車を届けること自体が目的ではなく、その先にある暮らしの再建や人が再び動き出すきっかけを支えているのだということでした。
災害支援の現場で積み重ねられてきた実践と、人と人とをつなぐ力を学ぶ、とても大きな時間となりました。

2時間目は、熱中小学校の生みの親である、一般社団法人熱中学園代表の堀田一芙先生による授業です。

冒頭では、熱中小学校がこの10年間大切にしてきたロゴや言葉づかい、学校ごとの見せ方など、“熱中小学校らしさ”を形づくってきたブランディングのお話からスタート。今回のキーワードとして示された「未来を自分色に」という言葉も、とても印象的でした。

授業ではまず、熱中小学校の始まりについて紹介がありました。
山形県高畠町の廃校を見て、「もう一度学校を開こう」という発想から始まったこと、その校舎が、かつてドラマ『熱中時代』のロケ地だったことから「熱中小学校」という名前が付いたというエピソードも、あらためてこの学校の原点を感じさせるものでした。

特に印象的だったのは、丸森復興分校やひとよしくま熱中小学校の話でした。
丸森復興分校は、台風被害を受けた地域を何とかしたいという思いから、高畠熱中小学校の生徒たちの応援も受けながら立ち上がった学校です。
ひとよしくまもまた、豪雨災害を受けたあと、宮崎こばやし熱中小学校を筆頭に、熱中小同士のつながりの中で支援を受けながらスタートしていきました。
それぞれの学校が単独で存在しているのではなく、学校同士が支え合い、連鎖するように次の地域へつながっていく。その流れは、熱中小学校ならではの大きな特徴だと感じました。

また、能登支援プロジェクトについてのお話もありました。
音楽を通した復興支援、のと熱中授業、食を通じた交流など、能登で続けてきた多様な取り組みが紹介されました。
特に印象的だったのは、ただ支援を届けるのではなく、現地の人たち自身が学び、参加し、一緒に場をつくることを大切にしてきたという点です。そこに、熱中小学校らしい“伴走のあり方”を感じました。

後半は、「自分色に生きる」とはどういうことか、というお話へ。
自分の良さや弱さを知るには、自分ひとりではなく、いろんな人と出会う場が必要であること。熱中小学校のように、年齢も職業も地域も違う人たちと出会う中で、自分の個性や役割が見えてくること。そうした積み重ねが、自分らしい生き方やライフスタイルにつながっていくのだというお話でした。

また、各地の熱中小学校の特徴や生徒構成の違いにも触れながら、丸森復興分校についてもお話がありました。
丸森は「地域を何とかしたい」という強い思いを持った人たちが集まっていることが大きな強みである一方、これから先は、さらに新しい人や地域とのつながりを広げていく余地もあるのではないか、という視点もいただきました。

それぞれの地域にそれぞれの個性がありながら、熱中小学校という場が、人を育て、地域を動かす力になっていることを感じる時間でした。

「自分色に生きる」ということは、自分だけのためではなく、人と出会い、地域とつながる中で少しずつ形になっていくものなのだと、あらためて感じさせられる授業でした。

今回のオープンスクールも大盛況で終えることができました。
ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。

3回に渡った「のと熱中授業」とのクロッシング開催も、丸森開催分は今回で終了となります。
能登に関連する講師の皆様もありがとうございました。

次回は2月21日(土)、集英社で週刊少年ジャンプの編集にも携われていた鈴木晴彦先生をお招きして開催します。
次回もぜひお楽しみに!

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